炭治郎に染み付きパンツをねだる義勇さんの話

 大学生になってはじめての夏休み。俺の胸は期待で満ちあふれていた。なんたって、十八歳の夏はこの一度きりなんだ。たくさん遊んで、いい思い出を山ほど作るぞ。いっぱい写真も撮ろう。新しい友達もできたらいいな。ああ待ちきれない。早く休みにならないかな。今年は真っ黒に日焼けするまで、全力で夏を満喫してやるんだ。
 しかし、そんな俺のささやかな楽しみは、早くも計画倒れの危機に直面している。


「だめだ」
「なんでですか! この前はいいって言ってくれたのに!」
「気が変わった。やっぱりだめだ」
「あれ? そんなこと言っていいんですか? 自分の発言には責任を持てって、どこかの誰かさんに言われたような気がするんですけど?」

 ね? 冨岡先生? そう言うと、義勇さんはぐっと言葉を詰まらせ悔しそうな顔を覗かせている。教師なんだからダブスタはいただけないだろう。形勢逆転、俺はふふんと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 俺の恋人である義勇さんは、母校の体育教師だ。そして俺は、今年の三月までその高校の生徒だった。俺たちは教師と生徒の間柄だったというわけだ。けれど、お互いに気持ちは通じ合っていたので、在学中はなんとかプラトニックな関係を貫き通した。そして、待ちに待った卒業式。晴れて恋人同士になった俺たちは、甘い蜜月の交際を続けている。近頃はこの人のアパートに泊まることも多くなり、半ば同棲のような生活を送っていた。

「……俺は、お前が心配でたまらないんだよ…」

 ソファに力なく[[rb:凭>もた]]れている義勇さんは、まるでこの世の終わりのような顔をしている。俺はそんな恋人を安心させるべく、つとめて明るくふるまってみせた。

「だから、前もちゃんと言ったじゃないですか。俺が誰と、なにをしに行くのか、義勇さん覚えてます?」
「……我妻と、嘴平と、夏休みになったら海に行く…」
「そうですよ。しかも、泊まるのは善逸のおじいちゃんの家だし、心配することなんてなんにもないんですよ?」
「……いや、ある。大ありだ」

 そう言うと、義勇さんはじろりと目だけで俺の顔を見つめてくる。そして、[[rb:捲>まく]]し立てるようにこう呟きはじめた。

「……まず、水着がよくない。上半身が裸なんてあり得ない。あと、夏の海は治安がよくない。悪い輩もいそうだし、絶対ナンパされるに決まっている。というか、二人で迎えるはじめての夏なのに、俺以外の奴と旅行の約束をしてくるお前の軽率さが一番よくない。俺は傷付いているんだぞ」

 そう一息に語ったかと思うと、義勇さんは悲しい顔でさめざめと俯いている。口数少ないこの人がこんなに喋るなんて、これは思った以上に闇が深そうだぞ。慌てた俺は義勇さんの隣に腰掛けると、宥めるようにその身体を抱き締めた。

「もぉ! ほんの一週間じゃないですか! すぐ帰って来ますよ! しかも、水着姿がよくないって言っても、義勇さん学校で水泳の授業してるじゃないですか。変な気分になったりします?」
「……しない。炭治郎以外には」
「まっ、まぁ、俺は例外ですけど…っ。だから、そんなもんなんですってば。義勇さんの考えすぎですよ。それに、もし絡まれたとしても、伊之助がいるから絶対に大丈夫です。あいつ喧嘩超強いんですからね」

 俺は言い含めるように、ゆっくり言葉を紡いでいく。この人が感じている不安を一つずつ丁寧に摘み取っていくと、徐々に義勇さんの身体から力が抜けていくのが分かった。

「……本当に、信じていいんだな?」
「はい!」
「……本当か?」
「もちろんです!」

 そんなやりとりを何往復かした後、ようやく義勇さんは落ち着いてくれたらしい。俺の背中にぎゅっと腕をまわすと、肩口にぐりぐりと顔を埋めてくる。俺は子供をあやすような手つきで、この人の広い背中を優しく撫でてあげた。

 たしかに、義勇さんの気持ちも十分理解できるのだ。教師という職業柄、元教え子の俺の身を案じてくれているのだろう。しかもこの人はこう見えて、寂しがり屋のうさぎのようなところがあるからな。スキンシップは多めだし、アパートにいる時も常に俺にべったりしている。俺もそんな義勇さんを放っておけないし、可愛いらしいとも思っている。けれど、義勇さんを大事にするのと同じくらい、俺は友達のことも大事にしたい。優劣なんかつけられない。俺にとってはどちらも同じくらいに大切で、かけがえのない存在なのだから。恋人と友達、そのどちらか一方を選びきれない俺は、欲張りな人間なのだろうか。
 そんなことを考えていると、しばらく無言でじっとしていた義勇さんが、ぽつりと口を開いた。

「……分かった。我慢する。わがままを言って、お前に嫌われたくないからな」

 そう言って、寂しさをこらえるような匂いをさせている。その瞬間、俺の胸がきゅんと切なく音を立てた。
 あんなに甘えたな義勇さんが、俺のために辛抱しようとしてくれている。身を引こうとしてくれている。そのことが申し訳なくもあり、同時にとても嬉しくて、俺は思わず泣きそうになってしまった。こんな気持ちになるのは、末の弟の成長を感じた時以来だな。あの時の六太は欲しいものを買ってもらえず、けれど駄々をこねるのも必死で我慢していたっけ。要するに、長男心が大いにくすぐられてしまったのである。
 俺は義勇さんの身体を強く抱き締めると、大袈裟なくらいに謝罪の言葉を口にした。

「ごめんなさい…っ、義勇さん、俺っ、すぐ帰ってきますからね……っ」
「……うん」

 まるで子供をみたいな幼い返事に、俺の心はますます揺れ動いてしまう。年上で、教師で、こんなに格好良いこの人が、俺にだけは素直に甘えてきてくれる。それがたまらなく愛しくて、ひどくそそられてしまうのだ。これがいわゆるギャップ萌えというやつなのかな。
 そのあまりのしおらしさに、俺はいつもの癖で、ついあることを口走ってしまった。それは実家にいる時、よく弟妹たちに言ってあげるような、ほんの些細な台詞だ。

「我慢できてえらいですね。俺も義勇さんのわがまま、一つだけ聞いてあげますよ」

 それを聞いた途端、義勇さんは伏せていた顔をがばっと上げ、勢いよく俺の顔を見つめてくる。まるで水を得た魚のようだ。澄んだ青い瞳が、[[rb:爛々>らんらん]]と輝いている。

「……本当か?」

 そして、逃がさんとでも言うように、俺の腰をがっちりホールドしてくる。
 その時、俺は思った。あ、しまった。これ駄目なやつだ。しかし、今更後悔してももう遅い。
 訂正する。この人は寂しがり屋のうさぎなんかじゃない。うさぎの皮を被った、策士のおおかみだった。そして食べられそうになっているうさぎは、逆に俺の方になってしまった。またまた形勢逆転。俺はさっきとは違う意味で、本当に泣きそうになってしまったのだった。


「お前のパンツをくれ」

 義勇さんの言葉を理解するのに、たっぷり五秒はかかっただろうか。いや、もしかしたらもっとかもしれない。今のは俺の聞き間違いかもしれない、と思ったからだ。仮にもこの人は教師だぞ。そんな卑猥なことを言うはずがない。だから[[rb:一縷>いちる]]の望みをかけ、俺はもう一度義勇さんに聞き返した。そして、すぐにそのことを後悔した。

「今履いてるやつをくれ。お前がいない間、それを使ってオナニーするから」
「……義勇さんて、変態だったんですか…?」

 俺は軽蔑を通り越して、むしろ笑えてきてしまった。こんな曇りなき[[rb:眼>まなこ]]でパンツをくれという大人を、俺は今まで見たことがないからだ。やけに感心しながらそう言うと、義勇さんは悪びれもなく、さも当然というような顔をしている。

「俺は変態じゃない。ただお前を愛しているだけなんだ」

 愛とはそんなにオールラウンドな言葉だったろうか。小首を傾げる俺をよそに、義勇さんは早くパンツを脱げと催促してくる。約束してしまった手前仕方がない。重い腰を上げ、俺がのろのろと脱衣所に向かおうとした時だった。

「待て。どこに行くんだ」
「どこって、パンツを脱ぎに脱衣所に……」
「ここで脱げばいいだろう」
「えっ」

 いやいや、待ってくれ。俺はそんなストリップまがいの約束までした覚えはないぞ。さすがにそれは勘弁してくださいと言うと、義勇さんはにやにやしながら、聞き覚えのある台詞を口にする。

「ん?そんなこと言っていいのか?自分の発言には責任を持てと、ついさっきどこかの誰かさんに言われたような気がするんだけどな?」

 これぞまさにダブスタである。すっかり逃げ道を封じられてしまった俺は、腹を括ってこの人の前にどかりと座り直した。

「ああ、もう!分かりました!分かりましたよ!やればいいんでしょ!やれば!」

 そう大声で悪態を吐きながら、フロントボタンを外しジーンズを足首まで引き下げる。その勢いのままパンツにまで手をかけると、義勇さんからはまた待ての声が掛かった。今度は一体なんなんだ。俺がむっとしながら視線だけで問い返すと、義勇さんはわけの分からないことを言いはじめる。

「どうせなら染み付きがいい。染み付きにしてくれ」

 染み付き。その言葉の意味が理解できず、俺が咀嚼にたっぷりの時間を要していると、義勇さんがふと耳元に顔を近付けてくる。俺もそれにならって顔を寄せると、義勇さんが右手を当ててこっそりと囁いてきた。

「……パンツのままオナニーして、射精してくれ。今、ここで」

 その信じられない言葉に、俺は思わず自分の耳を疑い、そして恋人の顔を二度見してしまった。なるほど、染み付きとはそういうことか。はい、はい。全力でお断りしたい。いくらわがままを聞いてあげるといっても、物事には限度というものがあるだろう。これはその範疇を超えている。
 俺が毅然とした態度でできません、と返事をすると、義勇さんはたちまち顔色を曇らせ、まるで全世界の不幸を一身に背負い込んだみたいな表情をしはじめる。

「……うん。別に断ってもいいんだ。いいんだよ?ただ、お前が海で楽しい思いをしている間、俺は一人寂しくこのアパートで虚しい時間を過ごすだけなんだからな。お前のいない一週間を、俺はたった一人ぼっちで……」
「もおぉ…、分かりました、分かりましたよぉ……」

 それを引き合いに出されたら最後、俺はどうあっても言うことを聞かざるを得ないではないか。俺がとうとう根負けしたとみるやいなや、義勇さんはけろっとした顔で再びパンツを要求してくる。これは厄介な借りを作ってしまった。こんなの奴隷契約だ。ああ、どうして絆されてしまったんだ数分前の俺。しかし、今更時を巻いて戻す術はない。しょうがない。すべてはこの夏の思い出作りのためだ。
 俺は覚悟を決めると、恋人の仰せのままに染み付きパンツを献上する奴隷に成り下がったのだった。


 その後、俺は促されるままにジーンズを脱ぐと、おそるおそるベッドの縁に腰掛けた。本当はTシャツも脱げと言われたのだが、それだけはなんとか大目に見てもらう。パンツ一丁で人様にオナニーを披露するなんてたまったもんじゃない。そんな義勇さんはというと、フローリングに胡座をかいて見るからにご機嫌な様子だ。露になった俺の内股を指で撫でながら、上目遣いでこう言ってくる。

「はじめてくれ」

 そんな軽やかな声で言われても。オナニーなんて、誰かに許可をもらってやるもんじゃないしな。というか、そもそも見せるもんじゃないしな。心の中でぶつくさと文句を垂れながら、俺は右手をそろりとパンツの中に差し込んだ。
 触れた竿は、当たり前だがいまだふにゃりと柔らかい。それを優しく握り、緩く手筒を動かしていく。パンツを穿いたままのせいで手が動かしづらい。これではしているところも見えないし、一体なにが楽しいのだろう。

「……ぎ、義勇さん…」
「ん?」
「これ…、面白いですか……?」

 分からないというように訊ねると、義勇さんはこくりと頷きながら、もっと激しく手を動かせと命令してくる。俺はぎゅっと目をつむると、もうどうにでもなれとやけくそで強くそこを擦りはじめた。
 いつも一人でする時のように、俺の好きな力加減で握り、無心で上下に動かしていく。すると、握っているものが徐々に硬くなり、少しずつ頭をもたげてきた。親指で先端をぐりぐり潰すと、小さな割れ目からはぷくりと透明な汁が滲み出てくる。それを竿まで塗り広げ、また上下に擦っていく。それを何度か繰り返していくうちに、竿全体が滑りを帯び、次第にくちゅくちゅと粘った音を立てはじめた。

「は……っ、んっ、んん……っ」

 気持ちよくて、少しだけ声が漏れてしまう。俺は閉じていた瞼をわずかに上げ、そっと股間に視線を落とした。猛ったそこはくっきりと天を向き、あふれた先走りで布がぐちょぐちょに汚れている。パンツの中は熱がこもり、蒸れるし張り付くしでお世辞にも心地いいとはいえない感触だ。
 俺はおずおずと義勇さんに声を掛けた。

「……あ、あの、義勇さん」
「……なんだ」

 返ってきた声は思いの外低く、そして湿っている。それを聞いた瞬間、俺は背筋がぞくりと粟立つのを感じた。これはもはや反射のようなものだ。この人のこんな声は、俺を抱いている時にしか聞くことができない。だから、身体が勝手に反応してしまうのだ。
 身体の奥が綻んでくるのを感じながら、俺はたどたどしく目の前の恋人に訴えた。

「あの……、パンツ、脱ぎたい、です…」
「……なんで?」

 そう聞き返す義勇さんの視線は、ずっと俺の股間に注がれている。ねっとりと凝視され、まるで視線で犯されているような気分になる。恥ずかしい。けれど、この人に見られているのが気持ちいい。もっといやらしい目で、俺のここを見てほしい。そう思っていると、握っていた竿が一段と大きく膨らんでしまった。

「……どうした?炭治郎」
「……あ…っ、パ、パンツが濡れて…っ、気持ち、悪いし…、やりづらい、から……っ」
「……上手くできない?」

 その問い掛けに、俺はこくんと頷いてみせる。すると義勇さんは分かった、と一言呟き、おもむろにベッドに乗り上げてきた。

「えっ、え?なん、なんで」

 ぎしりとたわむスプリングで体を揺らしながら、俺は動揺して恋人の顔を仰ぎ見る。義勇さんは興奮したような面持ちで俺のパンツに手をかけてきた。

「わっ、ちょ、ちょっと」
「……手を貸してやる」

 そう言って、俺の腰を軽く浮かすとぺろんと尻を丸出しにしてくる。このまま全部脱がせてくれるのかと思いきや、しかしパンツは腰骨の下辺りでくしゃくしゃとたまったままだ。中途半端に尻だけ出された状態で、俺はますます焦った声を上げた。

「やだ…っ、もぉ、義勇さん……っ」
「こうしないと、ちゃんと染みが付かないだろ」
「ついてる、もうついてるからぁっ、やぁん……っ」

 俺の意見などお構いなしに、義勇さんはぐっと尻たぶを開くと、奥の蕾を指の腹で撫でてくる。皺の寄ったそこを何度もなぞられ、俺は期待で尻をふるりと震わせた。
 本当は、もう前だけの刺激ではいけない身体になってしまったのだ。早く後ろを埋めてもらいたい。中をほじってほしくてたまらない。
 俺は恥も外聞もかなぐり捨て、頭上の恋人に涙声で懇願した。

「……っ、ゆび…、ゆびいれて……っ、おねがぃ……っ」

 すると、義勇さんは嬉しそうに笑いながら、俺の唇にキスしてくれる。

「……炭治郎、かわいい。……好きだよ」

 そう耳元で囁きながら、義勇さんが俺の中に指を二本挿入してくる。探るようにゆっくり、優しく入ってくる。その緩慢な動きがじれったくて、俺は悩ましげに身を捩らせた。

「ああぁぁん……っ」
「……なか、すごいうねってるな。このまま入れたら、俺のが食いちぎられそうだ」

 ふふ、と笑みをこぼしながら、義勇さんはさらに奥へと指を突き入れてくる。少し進んでは、引いて、また少し進んでは、奥をかき混ぜて。挿入する指が増えて、今度は三本になった。俺はもう気持ちよくてどうしようもなくて、ただ喘ぐことしかできない。潤んだ視界に、半端に穿かされたままの俺のパンツが映し出される。ちょうど竿の先端に触れた布がべとべとに濡れている。ああ、ひどい有り様だな。これは手洗いじゃないと落ちないぞ。そんなことを考えていた時だった。義勇さんがTシャツをたくし上げ、乳首に舌を這わせてきた。

「あっ!だめ……っ」

 突然の刺激に、俺は喉を反らせながら高い声を上げた。ぺろぺろと舐られ、やわく芯が勃ったところで乳輪ごときつく吸い上げられる。上と下を同時に責められ、俺は頭を振り乱して快感に身悶えた。

「やっ、やぁ…っ、いっしょ、いっしょだめ……っ、あぁん……っ」
「……お前、こうされるの好きだもんな?気持ちいいな、炭治郎」

 義勇さんは恍惚とした表情で、中のぷっくり腫れた泣きどころを緩く擦ってくる。その度に俺の身体はばねみたいに跳ねて、もう自分の身体が自分のものじゃないみたいだ。だらだらとあふれた先走りが、根元の薄い陰毛をしとどに濡らしていく。義勇さんの指を締め付けているのが自分でも分かる。俺ははあはあと荒く息を喘がせながら、縋るような目で義勇さんを見つめた。
 もっとしてほしい。頭が真っ白になるくらい、うんと気持ちよくしてほしい。
 どきどきしながら期待を募らせていると、俺の乳首を苛めていた義勇さんが、ふと顔を上げる。穏やかな表情で俺を見下ろしながら、ゆっくり耳を撫でてくる。

「……いかせてほしい?」

 その言葉のあまりの甘さに、俺はうっとりと胸を疼かせた。早くこの人に滅茶苦茶にされたい。こくこくと壊れたように頷くと、義勇さんは目元をやわらかく眇め、わかった、と優しく呟いてくれた。
 そしてその声音とは裏腹に、挿入している指を激しく動かしてくる。出し入れしている箇所からはじゅっ、じゅっ、と派手な水音が鳴り、敏感な内壁をこれでもかと刺激してくる。弱いところを何度も指で潰され、俺は頭を打ち振りながらあられもない声を上げた。腹の奥が切なく締まる。逃げ場のない熱がどろりと溜まり、弾けるその時を今か今かと待ちわびている。俺は膝から下を突っ張らせながら、身体全体をぶるぶると震わせた。なにかがせり上がってくる感覚に、自然と涙が滲んでくる。

「あっ、あっ、ぎっ、ぎゆさ…っ、おれもぉ……っ、きちゃう…っ、きちゃうぅ……っ」
「いきそうか?」
「ぅん…っ、んん……っ」
「……いい子だな、炭治郎」

 そう言うと、義勇さんは食べるように俺の唇を塞いできた。それと同時に、いいところをごり、ときつく抉られる。
 その瞬間、俺の眼前にはまばゆい火花が飛んだ。身体が弓なりに跳ね、ぴんと突っ張った足がシーツに皺を作る。

「んんんんん……っ!」

 くぐもった声を上げながら、俺は達した。後ろの穴をきゅっと食い締め、穿きっぱなしのパンツの中に生ぬるい精液を解き放つ。酸素が足りない。大きく息を吸い込みたいのに、義勇さんが舌を絡めて吸ってくるので、あやうく呼吸困難になるところだった。
 ようやく唇を解放され、唾液の糸を繋ぎながら、俺は一つ深呼吸をする。その時、後ろに入ったままだった指がくぽっと抜かれ、俺の中からいなくなってしまった。急に寂しさが込み上げてくる。指だけでは足りないと、もう何度もこの人に貫かれた最奥が訴えているからだ。
 見ると、義勇さんの股間は盛り上がり大変なことになっている。今この人が身に付けているジャージの上からでもよく分かる。義勇さんは男の俺から見ても、羨ましいほどの大きさと形のものを持っている。そしてそれを俺の中に入れる時、この人は決まってすることがあるのだ。すっかり上向きになったものをパンツの中から取り出し、それを数回扱いてさらに大きくする。そうしている時の義勇さんからは濃密な男の匂いがして、俺はいつもそれだけでくらくらしてしまう。早く犯されたくて、たまらなくなってしまうのだ。
 そして今も、この人からはその匂いがしている。とって食らおうとするような、蒸せ返るほどの濃い匂い。
 俺の口内に、次第に唾液があふれてくる。それをこくりと飲み下すと、俺は飢えた声でこう呟いた。

「……それ、ほしい」

 熱に浮かされたこの瞳は、もはや恋人の股間以外映らなくなっている。こちらの気持ちなどとっくの昔にお見通しだろう。それなのに、義勇さんはしらばっくれるように可愛く小首を傾げている。

「……どれ?」

 そのわざとらしいほどのかまととっぷりに、俺はとうとうじれったくなり大声を上げた。

「ぎっ、義勇さんのっ、パンツの中の……っ!」

 俺の胸はもう待ちきれなくて張り裂けそうだ。その切羽詰まった様子に、ようやく義勇さんも応じるつもりになったらしい。ごめん、ごめん、と口にしながら、ジャージの紐を緩め、中から立派に育った代物を取り出してくる。露になったものは、むわりと湯気が出そうなほど先走りで濡れそぼっていた。俺の痴態で昂ってくれたのだと思うと、もうそれだけで興奮してしまう。まだ入れられてもいないのに、俺は後ろが自然と狭まるのを感じていた。

「……今日は、このまま入れていい…?」

 義勇さんは低い声で囁きながら、なにも被せない生のものを[[rb:泥濘>ぬかるみ]]にくっつけてくる。教師であるこの人は、普段からセーフティーセックスを怠らない。けれど今は、我慢できないというように俺の穴にそれを擦りつけてくる。普段とは違うその性急な様子に、俺はどきどきと胸を高鳴らせた。挿入しやすいように自分でもわずかに腰を浮かせながら、恋人に熱視線を送る。すると、義勇さんは少し照れた様子で俺の唇にキスしてきた。

「……わるい。余裕ないから、すぐ出るかも」

 そして言うが早いか、ぐぐぐっと俺の中に腰を突き入れてくる。

「ああぁぁぁ……っ!」

 みちみちとかき分けるように進んでくる肉の質量に、俺は上半身を反らせて深く感じ入った。この息苦しさがいい。この切なさがたまらない。しかも今日はゴムを付けていない。義勇さんのものをより直に感じることができて、俺は自分の身体がおかしくなったのかと思うくらい、気持ちよくてよがり狂った。

「あんっ!あぁっ、ひもちっ、いぃっ、いいよぉ…っ!これだめっ、だめぇ……っ」
「……っ、今日、なかすごいな…っ、うねって、絡みついてくる……っ」

 義勇さんは重く唸りながら、歯を食いしばって俺の中を突き上げてくる。その度に俺の身体はひくひくと跳ね、自分の意思とは関係なしに愛しい人の一部をきつく締め付けた。
 ゴムなしの義勇さんのものはとんでもなかった。太くて、熱くて、段差がすごくて、それでいいところをごりごりするものだから、気持ちよくてなにも考えられなる。腰から下がどろどろになる。このまま溶けてしまいそうだ。ずっと声が止まらない。おまけに一度果てたせいか、内壁がさらにいきやすくなっている。そこを硬く張った切っ先で行き来されるのが辛い。快感が辛い。俺は咽び泣きながら、助けを求めるように義勇さんの身体に縋りついた。

「ひっ、ひいぃっ、だめっ、ぎゆさ…っ、おれまたっ、またいくっ、いっちゃぅ…っ、だめぇ、らめらよぉ……っ、ああぁぁ……っ」
「っ、あぁ……っ、炭治郎、またパンツの中に、いっぱい出して……っ」
「んああぁ……っ、いくっ、ぃっ、いくぅっ……!」

 義勇さんのものがずんと最奥を突くのと同時に、俺は再び射精した。身体を大きく痙攣させ、一度目よりももっと深い快楽の淵に落とされる。まったく触れていない俺の中心からは薄い精液が漏れ、それを受け止めたパンツがもっとぬるぬるになってしまった。義勇さんも激しく腰を動かした後、短い呻き声を上げながら俺の中で射精する。いつもはゴム越しに感じる放出が、今日は生々しいあたたかさと共に奥の奥まで広がっていく。そのじんわりと広がる熱に、俺はぶるりと背筋を震わせた。

「……っ、ごめん…、我慢できなくて……」

 俺の首筋に顔を埋めながら、義勇さんが弱々しく呟いてくる。いつもより早くいってしまったので、そのことを不甲斐なく感じているらしい。なんて可愛いらしい人なんだろう。俺がこっそり微笑ましく思っていたのも束の間、後ろに入ったままのものが不意にぐちゅんと音を立てた。腰を引かれ、中に出したものをなすりつけるように、また奥に入ってくる。驚いた俺が広い背中を叩くと、義勇さんはにこりと笑いながら、やけに甘ったるい声でこう囁いた。

「……だから、今度はゆっくり、ながぁくしような」

 あ。これはしばらく離してもらえないやつだ。
 蒼白している俺をよそに、義勇さんは[[rb:易々>やすやす]]と膝裏を抱え、緩慢な動きで再び腰を動かしてくる。俺の身体に力が入らないのをいいことに、もはややりたい放題だ。そしてやっぱり、パンツは脱がされる気配もない。こんなのは染み付きというより、もうパンツなんだか精液なんだか、なにがなんだか分からないような状態だ。
 結局、俺は引き続きパンツ姿のまま義勇さんに抱かれ続け、挙げ句の果てには潮を吹くまでいかされまくったのだった。



※※※


 
「もうっ!それ返してくださいよっ!汚いでしょうがっ!」
「だめだ。これは俺が手塩に掛けて育てた染み付きパンツだ。汚くないし、絶対誰にも渡さない」

 それに、最後は本当に潮を吹いたからな。塩だけに。なんて笑えない親父ギャグまで交えながら、義勇さんはジップロックに入れたパンツを大事そうに眺めている。
 まったく、俺としたことがとんだ失態だ。あんなにどろどろのパンツなんか決して渡すものかと思っていたのに、うっかり気絶してしまったのだ。そして、その隙にパンツは奪われてしまった。油断ならない追い剥ぎもいたものだ。いや、もしかして最初からそのつもりだったのか?それで俺を抱き潰したのか?ますます疑心暗鬼になってくる。
 俺はベッドに横たわりながら、ご機嫌な恋人に恨みがましい視線を送り続けた。今は腰が痛くて動けないが、絶対に取り返してやる。あのパンツを取り返して、漂白剤を張った洗面器に、華麗なダンクシュートを決めてやるんだ。
 その瞬間から、二人の染み付きパンツを巡る攻防、第二幕の火蓋が切られたのだった。
あの子のマスクのはずしかた


「お先に失礼します!」
「お疲れ様でした」
 午後五時過ぎ。某ファストフード店のアルバイトを終えて外に出ると、夕暮れが迫る街は人々でごった返していた。家路につくために駅を目指す人や、これから遊びに繁華街に繰り出す人。今日はいつもより空気があたたかいせいか、この時間にしては人通りが多いような気がする。
 まだ時間も早いし、どこか寄り道したい気分だな。俺は隣を歩いている炭治郎に声を掛けた。
「なぁ、腹減ってないか?」
 なにか食べて帰ろうか。そう誘ってみると、炭治郎は嬉しそうにこくりと頷いた。
「はい! ぜひ!」
 ふわっと微笑んだ瞳が夕日のように赤く美しい。その笑顔を眺めながら、俺は心底もったいないと感じていた。
 ああ。このマスクがなければなぁ。この不織布の下には、薄紅色の可愛い唇が隠れているのになぁ。ああ。もったいない。ああ。キスしたい。
 アルバイト仲間の炭治郎と付き合いはじめて二ヶ月。俺はそろそろ恋人との関係をステップアップさせたいと考えていた。



「あぁ? キスする方法だぁ?」
「うん」
「簡単じゃねえか。そんなもん、マスク下げて派手にやりゃあいいんだよ」
「だから、それができるならはじめからお前に相談なんかしてない」
「そっか、それもそうだな」
 童貞は大変だな、と宇髄が同情するような眼差しを向けてくる。やめろ。そんな目で俺を見るな。今更ながら、相談相手を間違えてしまったことをひどく後悔する。大学を二年留年している上に、事実婚状態の嫁が三人もいるような男だ。そんな意見が参考になるわけがない。しかし、色恋沙汰で気軽に相談できるのがこの男くらいしかいないのだ。俺は絶望的に友人が少ない。
「うーん…、やっぱり、雰囲気なんじゃねぇか」
「雰囲気……」
「相手って、まだ高校生なんだろ?」
「うん」
「じゃあ、派手に優しくリードしてやらねぇと」
「どういう風に」
「そりゃあお前、さりげなく手を握って」
「うん」
「ゆっくり抱き締めて」
「うん」
「そのままチュッと」
「……もっと簡単な方法はないのか」
「ねぇよ! これが一番オーソドックスなやり方だよ!」
 俺は頭を抱えてしまった。ハードルが高い。世の中のカップルたちは、皆この煩雑な手順を踏んでいるのか。俺はいつになったら童貞を卒業できるのか。この世の終わりのような表情を浮かべていると、宇髄が慰めるように俺の肩をぽんぽんと叩いてくる。
「大丈夫だ、冨岡」
「宇髄……」
「安心しろ。童貞ならすぐに捨てられっから。いい店紹介してやる」
「…………」

 やはり俺は、相談相手も友人選びも間違えてしまったに違いない。



「ありがとうございましたー!」
 食事を終え、店員の元気な声に見送られながら店の外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
「おいしかったですね! 俺お腹いっぱいです」
「ああ」
 にこにこと可愛い笑顔を浮かべる炭治郎の横で、俺は虎視眈々とチャンスを狙っていた。
 やる。今日こそ俺はやる。炭治郎とキスをするんだ。そしてゆくゆくはセックスして、炭治郎に俺の童貞を捧げる。そのまま順調に愛を育んでいって、炭治郎が二十歳になったら籍を入れるんだ。先日、このライフプランを宇髄に披露したところ、引きつった顔で激しくドン引きされてしまった。なぜなんだ。こんなに完璧な計画なのに。
「義勇さん?」
「あ、ああ」
「どうしたんですか? なんかおかしいですよ?」
 具合でも悪いですか? と炭治郎が気遣うように声を掛けてくれる。なんて優しい子だろう。結婚したい。いや、結婚はしたいが今はそういうことじゃない。
 俺はどきどきしながら炭治郎にお伺いを立てた。
「……手、繋いでもいいか?」
 そう言って、緊張した面持ちで恋人からの返事を待つ。すると驚いたことに、炭治郎の方から俺の手に触れてきてくれた。手指を絡め、きゅっと恋人繋ぎをされる。
「……俺も、繋ぎたいと思ってたんです」
 えへへ、と照れくさそうに笑いながら、俺の顔を上目遣いに見つめてくる。んんん。可愛い。激しく可愛い。やはりいくしかない。男なら。男に生まれたなら。今いくしかない。そうだろう錆兎。
 心の中で親友に語り掛けながら、俺はとうとう意を決することにした。
 そっと炭治郎の手を引き、人通りの少ない路地へと移動する。不審がられていないだろうか。心配になり、炭治郎の顔を窺ってみる。しかし、表情がうまく読みとれない。ただ、ほのかに赤らんだ頬はどこか期待しているようにも見えた。いや、これは都合のいい俺の妄想なのだろうか。
 俺はふと足を止めると、ゆっくりと炭治郎の方へと向き直った。炭治郎は丸い大きな目で、じっと俺を見つめている。
 やっぱり可愛い。どうしよう。触れたくてたまらない。
 上手くやろう、とか、年上の俺がリードしなければ、とかいう気持ちは不思議とどこかへ飛んでいってしまった。ただただ、この子が愛おしい。
 湧き上がる感情のまま、俺は炭治郎の身体を優しく抱き締めた。俺よりも小柄な炭治郎を、腕の中にすっぽりと包み込む。あたたかい。ハグをすると、こんな気持ちになるんだな。安心感。充足感。俺の心が、ぬくぬくとした感情でまあるく満ちみちていく。
 幸せだなぁ。俺がじんとしながら感動に浸っていると、炭治郎の腕がおずおずと俺の背中にまわり、そのまま抱き締め返してくれる。
「……好きです、義勇さん」
 そうぽそりと呟くと、俺の胸元に恥ずかしそうに顔を埋めてくる。その瞬間、俺の心臓はどくんと大きな音を立てた。炭治郎のこんなに甘えた声は、今まで聞いたことがない。身体の芯に、抗いようのない熱い血潮が集まってくる。
 どうにかしたい。この可愛い子を、今すぐどうにかしたい。
 こんな衝動的なことを思うのは、生まれてはじめてだった。
 俺は身体を少し離すと、炭治郎の顔を静かに見つめた。炭治郎も、とろんとした目で俺に視線を返してくれる。
 いける。キスできる。そう思った瞬間だった。
 俺はある重大な問題に気付き、激しく狼狽した。

 マスク……? マスクはどうしたらいいんだ……?

 ここにきて、俺の前に最難関の問題が立ちはだかる。
 待て。落ち着け。落ち着くんだ俺。まずはシミュレーションしろ。
 正直に外してほしい、と口に出して頼むのはどうか。今さら? このタイミングで? さすがに間抜けすぎやしないか? それなら無言で俺が外せばいいのでは。いや、勝手に人様のマスクを触るのはどうなんだ。このご時世だし、気を遣わなければならないんじゃないか? というか、そんなことを言い出したらキスなんか一番だめなやつじゃないか! いや、それはそうなんだが。でもしたい。俺はしたい! じゃあどうしたらいいんだ! 錆兎! 俺はどうしたら!
 もちろん錆兎はなにも答えてはくれない。大体あいつは遠方の大学に進学したので、ここ一年くらいまともに会えてすらいないのだ。ああ誰か助けてくれ。こんなに頭を働かせたのは久しぶりだ。迷い犬に追いかけられて、必死で撒く方法を考えた時以来だ。
 ようやくここまでこぎつけたのに。あと一息だというのに。土壇場で、そのもう一歩が踏み出せない。こうしてもたついている間にも、俺の自信とやる気はどんどん失われていってしまう。だから俺は童貞なのか。やはり、今日も無理なのか。蔦子姉さん。錆兎。未熟でごめん。あ、姉さんに仕送りの荷物届いたって、後でLINE送っておかないと。
 急激に沈んだ表情になっていく俺の顔を、炭治郎が心配そうな様子で見つめている。こんな年下の子にまで気を遣わせて、俺は心底どうしようもない奴だなぁ。半ば投げやりな気分で自身を嘲っている時だった。
 炭治郎がなにかに気付いたように「あ」と小さな声を上げる。
「義勇さん、ここ、髪の毛引っかかってますよ?」
「え?」
「ほら、ここ、マスクの紐のところ」
「ここ?」
「あー、そこじゃなくて、えっと、もう俺が直しちゃっていいですか?」
 ああ、頼む。と俺が口に出すのと、炭治郎の顔が近付くのは、果たしてどちらが早かっただろう。
 炭治郎はごく自然な仕草で俺のマスクを外すと、同時に自分のマスクも顎まで下げる。そして少し伸び上がり顔を傾けると、俺の唇にキスしてきた。その動作があまりにもなめらかすぎて、俺は唇を奪われながら面食らってしまった。なにが起きたのか瞬時には理解できなかった。それくらいあざやかな手際だった。
 呆気にとられている俺を尻目に、炭治郎はぺろりと唇を舐めながら楽しそうに笑っている。

「こうじゃないですか? 義勇さん」

 そう言いながら、ふふふ、といたずらが成功した子供のように無邪気に微笑んでいる。
 まさかの先手を取られ、俺は放心状態だ。なんなんだ。なんなんだこの可愛らしい生き物は。天使か? さては天使なんだな? ん? この場合は小悪魔か? もうこの際なんだっていい。年上の沽券こけんとか、そんなものもどうだっていい。
 炭治郎からキスしてくれた。それはつまり、炭治郎も俺と同じ気持ちだということだ。俺とこういうことをしたいと、思ってくれていたということだ。それが嬉しくないわけがないだろう。
 俺は炭治郎の肩に手を置くと、熱のこもった声でおどおどと聞いてみる。

「炭治郎……、もう一度、いいか……?」

 我ながら余裕がないのが見えみえだ。しかし俺は童貞なんだ。失うものはなにもないのだから、今更下手に取り繕っても仕方がない。当たって砕けろだ。いや、実際は砕けたくはないし、童貞は失いたいのだけれども。とにかく、いくならハードルが下がった今この瞬間しかない。
 俺の勢いに気圧けおされたのか、炭治郎は少し驚いた様子をみせたが、すぐに照れくさそうな表情でこくんと頷いてくれた。
 俺は喜びで胸がいっぱいになった。どきどきと逸る気持ちを抑えながら、今度はこちらから顔を近付けていく。鼻筋が当たらないように顔を傾け、恐るおそる唇を押し当てる。
 炭治郎のそこは、思った以上に柔らかかった。そして、とてもあたたかい。気持ちいい。ふわふわだ。離れたくない。もっと、もっと味わいたい。
 俺は細い腰をぐっと抱き寄せると、夢中になって炭治郎とのキスに溺れた。もう一度、なんて言っておいて、やはりそれだけでは済まなかった。ちゅっ、ちゅっ、と啄むように何度も浅いキスを繰り返す。
 いけない。自分の欲をぶつけるような形になってしまっている。これでは炭治郎に嫌われてしまう。自制しなければ。そう思った時だった。
 炭治郎が俺の背中に腕をまわし、さらに身体を密着させてきたのだ。もたれるように甘く寄りかかられると、俺は眩暈がしそうな気持ちになった。
 ああ。赦ゆるしてくれるのか。たまらない。もっと深く交わりたい。
 欲が出てきてしまった俺は、可愛い唇の合わせ目をノックするように、舌でゆるりとなぞってみる。ダメ元でやったことだったが、優しい恋人はそこに招き入れるように少し隙間を開けてくれた。俺は嬉しくなり、誘いざなわれるがままにその未知の領域へと舌を差し入れる。
 はじめて入る炭治郎の口の中は、熱くてとてもぬるぬるしていた。奥で縮こまっている小さな舌見つけ、すくうようにゆっくりと絡めていく。すると、炭治郎の口からわずかに喘ぎ声が漏れた。
「ん…、んぅ……っ」
 くちくちと鳴る水音の狭間で響く、か細い吐息。唇を濡らす互いの唾液と、腰にくる甘い声が俺の五感を刺激してやまない。今まで観てきたどんなAVよりも、ずっと、ずっと興奮する。
 まいったな。このまま終わりたくない。もっとたくさん、炭治郎に触れたい。
 その瞬間、俺の硬くなりはじめたものが炭治郎の股間を擦ったので、炭治郎は驚いて唇を離してしまった。
「あ……っ」
「わっ、悪い…っ」
 お前が可愛くて、つい。俺は正直に白状せざるを得なかった。だって、ここをこんなにしておいて、今更隠すもなにもあったもんじゃない。生理現象とはいえ、男というのはつくづく隠し事には向かない生き物だ。いや、むしろ律儀ともいうべきか。好きな子といやらしいことをしているのだから、反応するなというのが無理な話なのだ。
 しかし、キスだけでこんなにみなぎってしまうものなのかな。これ以上のことをしてしまったら、俺の愚息は一体どうなってしまうのだろう。
 そんな、いつの日になるとも分からない心配事に心を砕いていた時だった。
 急に炭治郎が強く抱きついてきたので、俺はうっかり身体の重心を崩しそうになる。
「たっ、炭治郎……っ?」
 どうしたんだ。そう言って赤茶色の猫っ毛を優しく撫でた時だった。ふとかち合った瞳に、俺は思わず息を飲んだ。
 その柘榴の双眸は、見たこともないくらいとろとろに濡れそぼっていた。丸みの残る頬を赤く染め、縋るような表情でじっと俺を見つめている。
「……ぎ、ぎゆうさん…っ、あの……」
 俺の名前を呼ぶ声は、夜の闇に消え入りそうなくらいしっとりと湿り気を帯びていた。
 俺は、はっきり言って奥手だ。今まで誰かと付き合ったことはないし、セックスの経験もない。だが、そんな俺でも、これだけはなんとなく分かる。
 俺は今、誘われている。この先の行為を望まれている。
 そう思った。

「……家に来るか?」

 まさか、自分の口からこんな台詞が無意識に出てくるとは思ってもみなかった。さっきまでのプレッシャーが嘘のようだ。
 今、俺の頭の中はやけに静まり返っている。違う。そうじゃない。俺は考えはじめているのだ。どのようにこの子を抱いて、どうやって気持ちよくしてあげたらいいのか、俺は考えはじめている。
 不思議と漂う万能感のままに、俺は目の前の丸い頬にそっと指を這わせた。「炭治郎」と、低めの声に静かに名前を乗せる。すると、炭治郎はひくんと肩を震わせながら、じわりと瞳を潤ませた。「はい」と短く返ってきた言葉は、それこそベッドの上で聞く喘ぎ声のようだと思った。
 事前にコンドームとローションを準備しておいてよかった。必要になるのはもっと先だと思っていたが、念のため先日の通販でついで買いしておいたのだ。
 炭治郎と手を繋ぎながら家路を急ぐ俺は、過去の自分に称賛を送らずにはいられなかった。



「宇髄、俺はやり遂げた」
 後日。俺は友人に本懐を遂げた旨を報告をした。一応相談に乗ってもらった手前、きちんと伝えるべきかと思ったのだ。俺はこう見えて義理堅い男で通している。
 この一報を聞き、宇髄は口笛を吹きながらパチパチと手を叩いて祝福してくれた。
「マジか! やったな冨岡!」
「ああ」
「なら、脱童貞まであと少しだな。いやぁ、感慨深ぇなおい」
「もうした」
「は?」
「セックスもした。俺はもう童貞じゃない」
「は? え? ちょ、展開早くね?」
「プロポーズもした」
「おい、話が急すぎんだろ」
「炭治郎もいいと言ってくれたし」
「たんじろう……? え? お前の彼女って、男だったのかよ!? ん? 彼女? 彼氏?」
 そういえば、まだ言ってなかったか。しれっとカミングアウトをキメられた宇髄はしばらく混乱していたようだったが、しかし急激になにかを悟ったらしい。真面目な顔で真っ直ぐ俺を見つめると、感慨深げにこう呟いた。
「……いや。愛し合ってんなら、男とか女とか、関係ねぇな」
「そうだろう」
「そっか。そうだな。よし! 冨岡! ド派手にセックスしろよ! そんで結婚しろ! ご祝儀奮発してやる!」

 先日の言葉を訂正する。
 俺は、かわいい恋人と、良き友人の両方に恵まれた幸せ者だ。
 あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。
 凍えるような寒さの雲取山。雪の上に飛び散った血飛沫。折り重なった家族の亡骸。そして、鬼になった少女と、その少女をなんとか守ろうとする、健気で悲しい少年の姿。
 この二年間、義勇は彼らのことを忘れたことがなかった。自身が鬼殺の道に導いた、という因果もあるが、どうしても忘れることができなかったのだ。あの日、妹を取り返そうと我武者羅に向かってきた赫い瞳から目が離せなかった。
 今思えば、その時すでに囚われていたように思う。
 なにか、とてつもないものを秘めた、炭治郎の燃えたぎる瞳に。
 二年後。炭治郎が最終選別を突破し、鬼殺の隊士になったのを師の文で知った。妹も人を喰うことなく、兄と共に鬼狩りをしているという。
 単純に嬉しかった。己の見立てに狂いはなかった。というよりも、生きている、というたったそれだけことがまるで奇跡のような世界だから、どちらかというと感謝の気持ちが強かった。あの二人を生かしてくれてありがとう、と柄にもなく信じていない神仏に念を送ったりもした。
 そして今日も、義勇は蝶屋敷へと足を運ぶ。那田蜘蛛山の一件以来、それが習慣と化していた。
 

「あ、冨岡さん!」
 鼻が利く炭治郎は、すでに義勇の訪問に気付いていた。
「炭治郎。変わりないか」
「はい! おかげさまで順調に……、っと。良かったら縁側に移動しませんか?」
 声の音量を下げたのは、午睡をとっている同期たちを気遣ってのことだろう。義勇は頷くと、炭治郎と共に屋敷の縁側へと場所を移すことにした。
「昨日しのぶさんが来て、そろそろ機能回復訓練をしようって話になったんですよ。なにをするのかわからないですけど、俺がんばります!」
 息巻いている弟弟子の横で、義勇は「そうか」だけ返事をした。
 自覚はないが、どうやら己は他者と意志疎通がうまくはかれていないらしい。先日胡蝶に言われたことを、義勇はいまだ根に持っていた。はなはだ納得しかねるが、しかし、過去を振り返ると、こちらの発言や態度で周りが妙な雰囲気になったのは一度や二度のことではない。おおむね当たってはいるのだろう。それでも、やはり納得はしかねるが。
 そんなわけで、今では同僚の柱たちでさえ義勇とは付かず離れずの態度で接しているが、しかし、この弟弟子だけは違っていた。とにかく押しが強いのだ。義勇の反応の薄さなど気にも止めず、今も、善逸が、伊之助が、と同期の近況報告にいとまがない。おそらく、炭治郎は兄弟子以上に空気が読めない。普段は持ち前の明るさで誤魔化されているが、この男も相当なたまだと思う。
 しかし、義勇にとって炭治郎の側は居心地がよかった。同じ師の元で学んだゆえ、そもそもの波長が似ているのだろう。まるで陽だまりのごとき炭治郎の前向きさは、義勇の心を明るく照らす天道のようだった。

「……俺たちが、もう少し早く山に入っていれば、被害は最小限に食い止められただろうか」
 急にぽつりと呟いた義勇の言葉に、炭治郎がふと口をつぐむ。
 鬼殺隊に身を置いてからというもの、犠牲になる隊士や市井の人々を山ほど見てきた。あまりにも目にするものだから、いつしかいちいち心を寄せるのをやめた。しかし、やめたからといってなにも感じなくなったわけではない。苦しむ者を助けたいと思い、この生業に身を投じている。必死で技を磨き、腕を上げ、それでもいまだにすべての人々を救うことは叶わない。指の間からすり抜けていく命のことを思うと、義勇は時々ひどい虚しさに駆られるのだ。
 仕方がないこともある。頭では解っているのだが、曇りなく生きようと思えば思うほど、時折こうして苦しくなってしまう。されど自分たちは、この理想と現実の狭間でもがきながらも、明日も刀を振って生きていくしかないのだろう。
 吐露するつもりのなかった思いをはからずも口に出してしまい、なんとなくばつが悪くなってしまった。忘れてくれ、と義勇が伝えようとした時だった。
 頭頂に、ふわりと感じるあたたかな体温。それはひさしく忘れていた感触だった。
 義勇は、炭治郎に頭を撫でられていた。
「……昔、弟や妹たちが小さい頃、よくこうして頭を撫でていたんです。夜寝つけない時とか、病気で機嫌が悪い時とか」
「……俺は幼子ではない」
 いささか義勇がむっとして言おうとも、炭治郎はどこ吹く風だ。
「大丈夫です。冨岡さんが守れなかった人たちは、今度は俺が守ります。絶対に」
 強くなりますから。
 その言葉は重く、たしかな熱を持って義勇の心臓にしかと突き刺さった。

 ああ。俺は知っている。
 この男は、あの二人にとてもよく似ている。
 強くてやさしかった、あの二人に。

 義勇は目を細めながら、また「そうか」とだけ返した。炭治郎は笑いながら、義勇の頭をしばらく撫で続けていた。

 次は必ず、俺が守る。
 それは、冨岡義勇が己の胸に凛とした炎を灯した瞬間でもあった。